会社沿革 

当社は大正12年7月初代社長の米沢正四郎が秋田市から渡道後勤務していた塩野其水堂商店から独立して、小樽市花園町に、米沢石版印刷所として開業したのが始まりです。その石版技術の優秀さがみとめられ、その特異性により顧客の安定的信用を得て逐次業績は順調に推移しました。昭和8年、小樽市の経済的繁栄、隆盛と共に市内印刷需要の拡大に即応するため、当時の最新式オフセット印刷機を導入いたしました。それを機に業務も石版印刷から主力がオフセットに印刷に移行していったのです。即ち販路の拡大と共にお得意様も百貨店、映画劇場等から官公署、繊維卸商、商社等と多様化し、業績は一段と進展しました。しかし戦争の激化と共に、統制経済に移行し資材、物資の逼追、従業員の招集等のため業務の統合や、廃業を余儀なくされたところもありましたが、米沢印刷所は貴重な印刷業として存続されたのです。終戦後なお多くの苦難がありましたが、昭和26年4月法人化し、米沢印刷株式会社となり、昭和38年、札幌支店開設。昭和39年、第2工場建設。昭和40年北海道書籍印刷株式会社設立。平成3年、第3工場建設。平成20年、本社・第一工場を張碓へ移転しました。本年、平成31年7月には創業96年となり、創業100年という大きな節目を迎えようとしています。詳細は小史のとおりです。

 小史 

1923 大正12年 四六4切石版機

1933 昭和8年 菊全オフセット印刷機導入

1945 20年 8月15日終戦

1948 23年 活版設備/統合印刷を目指す 四六判八頁

1949 24年 活版四六判四頁

1950 25年 活版菊半・菊全オフセット

1951 26年 法人化/米沢印刷株式会社設立 社長 米澤 正四郎

1952 27年 活版四六判八頁・菊判半裁オフセット2台

1953 28年 活版・菊全判

1955 30年 鋳造機・母型一式

1956 31年 写植機導入

1959 34年 菊全2色機

1960 35年 製版カメラ・直下焼設備

1961 36年 菊全2色機・製版カメラ

1962 37年 菊全2色機・写植、プレスコート 菊全判焼付機

1963 38年 札幌支店開設

1964 39年 銭函第2工場建設

1965 40年 敬労舎印刷買収 活版部合併 北海道書籍印刷株式会社設立

1966 41年 プレスコート

1969 44年 菊全2色機第2工場張碓に移転

1973 48年 社名変更/米沢印刷紙業株式会社となる  A倍4色機

1977 52年 菊全三菱4色機・オフ輪B3判導入(4×4)

1978 53年 菊全4色機

1979 54年 菊半4色機・菊全オートン(ボブスト) オフ輪B3導入(2×2)

1981 56年 札幌受注センター札幌支店と併合 菊全4色機

1983 58年 受注センター札幌支店と併合 菊全4色機

1984 59年 サックマシン(ボブスト)・菊全判焼付機

1985 60年 菊半4色機

1986 61年 写植機

1987 62年 写植機

1988 63年 菊全オートン

1989 平成元年 全自動菊全4色機(ツヤ加工付)

1990 2年 菊全オートン・プレスコート 断裁機4尺・3尺3寸

1991 3年 第3工場(春香)建設

1992 4年 菊半4色機・A倍判焼付機

1993 5年 創業満70周年祝賀会【6月12日・18日】 菊全判両面印刷機 靴箱専用製函機

1995 7年 全自動箔押機 B半打抜機

1996 8年 サックマシン

1997 9年 B全判オフセット5色機

2000 12年 社内ネットワーク情報システムの導入

2009 20年 本社・第一工場を張碓に移転

2017 29年 A全判ハイブリッドUVオフセット5色機 CTPプレートセッター

2018 30年 ホームページ開設

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